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#157. Ending '24

2024年のCasimir Pulaskiday.のオープンは今日30日で終わりです。 一年間本当にありがとうございました。 ここに来てくれる皆さまのおかげでCasimir Pulaskiday.はギリギリ店になれています。 寛容さとイマジネーションだといつも思う。 CPD.のお客さまが共通してもつ才能に私は完全に甘えている。 ファッションにおける仮装性と仮想性は多様化して更に重要になっていて、寛容さとイマジネーションを無くしてはそれに対応するのは難しいと思う。 非現実性の一面だけではないし、もっと広義で本質的に。 来年もCasimir Pulaskiday.の解釈でそれを表現していきたいと思います。 2025年は1月4日(土)からオープンです。 なにかやろうかな、誰か来たら。 皆さまよい年末年始をお過ごしください。

#156. Linda Kokkonen

先月の旅の途中、Linda Kokkonenに会いにフィンランド、ヘルシンキに立ち寄りました。 Linda Kokkonenを知ったのは2年くらい前で、彼女の卒業コレクション(ショー自体は2019年)を見たとき。 2年かけてLinda Kokkonenに少し近づけてきたのかもしれない。 なぜ今なのかはわかるようでわからないけど、でも絶対に今だと思う。流れはあるし間違ってない。 と思ってLinda Kokkonenにコンタクトをとった。 するとこの9月に初めてロンドンでプレゼンテーションを行うとのこと、私はその翌週がロンドンの予定で残念ながらショーを観ることは叶わなかったが、へルシンキで運よく会うことができた。本当によかった。 Linda Kokkonenは、ゴシックロマンティックなブラック系に傾倒するかと思う。 もう一つ、ブランドのコアとなるビジョンがサステイナブルだ。 徹底的にアップサイクルを実践していて、使用するマテリアルのすべてがヴィンテージピース、デッドストックファブリックからの調達はもちろんのこと、基本がオーダーメイド、また顧客ごとの既存品へのカスタマイズ、リペア、レンタルサービスといったことも積極的に取り組んでいる。 こんなにも確固とした持続可能性へのビジョンと責任を持って、所謂アップサイクルブランドではなく、ハイエンド、ラグジュアリーブランドとして新しいビジネスモデルの確立を目指していると知り、私は本当に素晴らしいと思った。 若手でも無名でもどんな位置にあっても、ファッションの歴史、さらに先端を見据えて活動する人が私はとても好きというか心から尊敬しています。 De Pinoもwan shan lingも、そしてLinda Kokkonenもそうだ。 これは単にアーカイブデザインを参考にしたりパクったりすることとは全然違う。 自分自身がファッション史の一部として、そこに貢献すること、波風を吹かすこと、そういうビジョンを持っているということです。 挙げた3ブランドはそれぞれ別のやり方をとって動いている。ちょっと長くなってしまう内容なので今はやめておくけど、自分にはとても大切な感覚です。 Linda Kokkonenは、デザイナーのLindaとパートナーのLauraのデュオです。 Lauraはトラックメーカー、DJであり、...

#155. A project with Areena Ang

少し前になりますが、ロンドン在住のオイルペインターAreena Angと取り組んだ1着のトレンチコートをCasimir Pulaskiday.で発表しました。 Areenaとのこの小さなプロジェクトは自分とって大きな意味を持ちました。快く引き受けてくれた彼女に大変感謝しています。 Areenaとは、昨年の9月にEllen Poppy HillのEllenちゃんのスタジオを初めて訪れた時に出会いました。EllenとAreenaはお友達で2人でスタジオをシェアしています。ってあそうか、Ellenちゃんについて書いてなかった。 Ellenちゃんは、同年2023年にCSMのMAを卒業、在学中からロンドンの新進系デザイナーのアシスタントを複数経験した後、現在はインディペンデントでハウスを立ち上げアップサイクルとハンドドローイングによるユニークピース製作を行っている。 Ellenちゃんについてはまた今度にします。この9月には初めての単独ランウェイショーを行うらしい。 Areenaの話に戻って、なぜこのプロジェクトに至ったかというと、出会ったからです。 過程には色々ありましたがその辺を書くのはどうだろうか、後に意味があれば書こう。 すべてのものに価値がある。価値がない、ということは無いという価値があるという意味で。そしてここでの価値とは相対的なものです。 このコートにはどんな価値があるのか、ということをずーーーっとなんだか考えていた。 まずこのトレンチコート自体は古着です。ここに価値があるとしたら、シルエットがよくコットン100%だということ。 ブランドものは避けた、価値がぶれるから。 次に我が店が鉄壁の無名だということ。 一方のAreena Angは、作品は市場でも正しく値がつき、ソロエキシビジョンを行うなど注目度はあるもののまだ若くこれからのアーティストだ。個人的には価値を感じてお願いしたのですが。 更に、今回のペインティングはもちろんハンドペイントですが、彼女の専門であるオイルではなくアクリルです。 服に描く上でどうしてもオイルはよろしくないので無理を言ってアクリルを使ってもらった。服に描くこともアクリルで描くことも初めてのAreenaのこのワークは慎重を極めましたが、なんとか完成に至り、この7月にようやく日本へ発送された。 ここまでで...

#154. BLACK

wan shan lingのM65のブラックが予定より少し遅れて入荷しました。 これを書いている今はカーキ共に既にここにはないのですがやっぱり存在を残しておきたい。IGはちょっと合わなかった。 ブラックはカーキとは存在意義が異なります。 史実にはない黒色のM65を、wan shan lingはフィクションとして90年代のストリートカルチャーをミリタリーウェアに搭載させました。 時代を席巻したグラフィックやスケーターカルチャー、そこで流行ったカルト的象徴のデザイン表現などがこのブラックには非常に明確に具現化されています。 なんでも知って見るのと知らずに見るのとでは見え方が変わってくる。この服も然り、そしてこの追求の先に、2着の背後に描かれた文字、CAVEAT EMPTOR(消費者の責任)があるのではないか。 この2着を通じてとても有意義な機会に立ち会えたと思っています。 ものの後ろには人がいて、ものの前にもまた人がいる。同時に在ることは決してないのですが、これはものを介した対話なんだ、ということを改めて実感する。 決して特別なことでもないし、でも当たり前なことでもないように思う。 wan shan lingのアップデートはたぶん死ぬまで止まらない。これほどファッションという文化を愛しファッションと真剣に向き合う人を私は知らないし、大袈裟でなくファッション史に残る服を作っています。 有名無名は関係ない。 私の知るwan shan lingの所持者は決して多くを語りませんが、皆wanさんと同じ言語を持つ人たちです。 対話は続く。それが更なる価値に繋がる。

#153. De Pino

最近あるお客様がDe Pinoの服を見て言った「シュルレアリスムのアートを見ているようです」という言葉がシンプルで的確でとてもいいなと思った。自分の中のDe Pinoの世界観を後押ししてくれる言葉。 シーズンを重ねるごとに増すこのブランドの非現実性に私は興味があります。ファッションの流れの中でこちら側に向かうことは商業的な安定よりも自己の美学を追求している表れだと思うからです。 ビジネス的に動くことが悪いということじゃなく、ビジネスを見据える段階がブランド毎に違うと思うので、タイミングとかやり方含め、その舵取りが重要なんだと感じます。 De Pinoだってそこは考えているはずで、その上で今はこちらに集中しているのかもしれないし、または別の何かを見据えているのかもしれない。 24SSのDe Pinoは着てくれる人を選んでるようでその媚のない佇まいがいい。 無駄がなく記号的で、確かに芸術的な視点を含みます。 さてこれを着るのか着ないのか。これは「ファッションはアートなのか」論争へと繋がっていく可能性を秘めている。いち側面として。 もちろんこのコレクションは着れる。服として真っ当に成立しているし洗練されている。だからすごいんだ、とハッとする。 私はこれをファッションとしてやってくれたDe Pinoを尊敬しています。 夢を見せてくれるブランドはそう多くない。この規模では更に。 次は、次は、というのは酷だ、今のこれなのだ。私はわかった。